| 粟島海洋記念館のご紹介(1)
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| 船で粟島に渡ると、真っ先に目に入るのが 左の写真の風景です。 粟島のシンボル・ランドマーク、 粟島海洋記念館の建物です。 このページでは、粟島の象徴・船員の学校の 歴史をご紹介させていただきます。 |
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| 粟島航海学校概要 (新修・詫間町誌より要約抜粋) 粟島は江戸時代から海運業の盛んな島で、島民の多くがこれによって生計を立ててきました。 しかし、時代とともに、船舶の形式が 北前船が洋式帆船に、さらには汽船へと急激に 変化しました。その上サイズも大型化し、しかも運行は国内航路のみであったのが外国にまで 航路が延長され、それまでの北前船の操船のように、多年の経験だけでは不充分となり、 国も国家試験による海技免許制度を導入することとなりました。 粟島在住の中野寅三郎は、海技免状を得る学術と技能を習得する学校の設置が島の発展の 基と考えて、明治30年同志とともに村立粟島海員補習学校を設立しました。 日本で最初の海員養成校の誕生です。 |
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| ↑美しく手入れの行き届いた中庭 | |||||||
| ↑歴史を刻んだ講堂 | |||||||
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| 粟島航海学校沿革 1.創立 明治30年5月1日開校 2.沿革 1)創立当時は村立とし、航海課生徒のみを収容し、粟島海員補習学校と称する。 2)明治31年4月 香川県三豊郡各町村組合立に変更。 3)明治32年7月 三豊郡立に移管 香川県粟島航海学校と改称する。 4)明治32年9月 機関課を設置する。 5)明治39年4月 香川県に移管、香川県立粟島航海学校と改称する。 6)昭和15年7月 文部省に移管、粟島商船学校と改称する。 7)昭和17年1月 逓信省移管。 8)昭和18年11月 運輸省移管。 9)昭和21年3月 廃校 |
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